「どこか一緒に出掛けようか。」
二人で出かけた先は、音楽サロンコンサート。
めっぽう音楽好きなあべのさん(仮名)は私の誘い掛けに、「行く行く!」と少女の様に大喜び。
車で出かけることにしました。
車を降りて会場までの間、初夏の爽やかな風が二人のほほを撫でました。
「お昼ご飯は外で食べましょうか。」
「そうだね、贅沢しちゃおうか。」
「何が食べたいですか。」
「なんでもいいよ、あなたに任せる。」
ライトクラシックを堪能したあとは、イタリアンレストランへ出向きました。
1階が駐車場で店舗は2階です。
エレベーターはあったのですが、「大丈夫よ、私登れるよ。」と杖を私に預け、手すりを頼りに30段ほどの階段をゆっくりと力強く登り切りました。
グループホームにご入居されてから、階段利用は初めてです。
万一、躓いても彼女の体を支えられるように、気づかれぬように至近距離で背後に付き添いました。
あべのさんはメニューを見もせずに、「あなたの好きなものを食べなさい、私はあなたと一緒でいいわ。」とにこにこされています。
それではお言葉に甘えてと、ビーフステーキにコーンポタージュ、ライスにサラダを二人分オーダーしました。
先ほどのコンサートのことなど二人で話していると、ほどなく料理が運ばれてきました。
これは、あべのさん、半分食べられたら十分だなと踏んでいました。
「おいしいね。」と何度も互いに繰り返し、いただきました。あべのさんはすべて平らげました。びっくりです。
帰りの下り階段もしっかりした足取りでした。
少し散歩でもしましょうかと周辺を歩くことにしました。
すると、果物屋さんがありまして、おいしそうなスイカがありました。
「これ、みんなに持って帰ろうか。」とあべのさんは私に言いました。
「そうですね、今ならおやつの時間に間に合いますね。」スイカを手に取りレジへ向かいました。
「お兄ちゃん、私が払うわ。」とポシェットから彼女は財布を取り出しました。
「ありがとうございます。ごちそうさま!」と私はそう言い彼女を見守りました。
でもその財布にはお金は入っていませんでした。
「あら、おかしいわね、お金が入ってないわ。」と怪訝そうに何度も財布の中を覗き込むあべのさん。
「もしかしたら、お金を入れ忘れたのかもしれませんね、私が払っておきますよ。」と取り繕いました。
「そう?悪いわね、後から返すからね。」
ホームに帰ってからみんなワイワイ、スイカの品評会です。
私が最初だけ包丁を入れて、自信ありげなお二人に包丁を渡しました。
見る見るうちに、等分でスイカを切り分けていかれました。
あべのさんが、真中の一番おいしいところをもぎ取って、スイカを見守るみんなに手渡して、「ほら、食べなさい。」
もらった方も嬉しい!とか言いながら、もぐもぐむしゃむしゃ食べられました。
みんな手づかみで「あまいなー!」の連発です。
時を隔てて、あべのさんが日がな一日ベッドで横になって過ごす日が多くなりました。
それでも、お部屋を訪ねて「おとたのえ(音楽会)」にお誘いすると、「いくわ!」とエプロンを体に巻き付けます。
エプロンの装着はあべのさんにとって、(家事)戦闘態勢なのです。よしよし今日も元気だ、よかったよかったと胸をなでおろすのです。
いつしか、私たちの誘いにも応じず、ベッドに寝たままでいることが日常になってしまったあべのさん。
だからお部屋で二人で歌いました。
歌の合間にあべのさんが
「どこか一緒に出掛けようか。」とふともらしました。
「そうですね、一緒にでかけましょうね、あべのさん、どこに行きましょうか。」
「あなたの行きたいところでいいよ。」
あべのさんが、食べることも飲むこともできなくなりました。
私たちの呼びかけにも時には全く答えられません。
でも、音楽なら彼女の心に届くかもと思い、毎日の昼下がり、彼女の部屋に歌いに行きました。
意を決して、あべのさんとは別のフロアに、これまためっぽう音楽の好きな方がおられて、フロアリーダーにお願いしてその彼女にあべのさんのお部屋に来ていただきました。
部屋に入り瞬時に事情を察した彼女は、あべのさんの手を優しく握り、彼女に寄り添いながら歌いました。
一曲歌い終わるたびに、彼女は私に、「さかんに手をうごかしたはる。」とか「リズムとってるわよ。」とか報告してくれました。
途中歌声を聞きつけて、他の方もお部屋に入ってこられました。
だから3人で、約60分歌いました、ほとんどノンストップ。
職員が「食事にしましょうか。」と後に来た彼女を誘いに来ました。すると彼女は職員に、
「先に食べとくれやす。私はここで歌っています。」とぴしゃりと言い放ちました。
いいなあ、よすぎる、ほんと、みんな、素敵!
歌い終わってから彼女たちはあべのさんの手を取りずっとずっと励ましていました。
ほどなく、あべのさんは神の御許へと旅立たれました。
そして、包丁片手にスイカの一番甘いところを手に取り、さあお食べなさいと私に差し出しながら微笑んでいるショットをご子息が遺影になさいました。
外国からのお客様と肩を組んで自信満々に笑っておられるスナップ写真がホームに今も飾ってあります。
私は日に何度も彼女の力強い笑顔に励まされ、問いかけ、勇気をもらいます。
「どこか一緒に出掛けようか。」あべのさんの声が今日も私に届きます。
グループホーム・小規模多機能型居宅介護
エクセレント岡崎
施設長 本多 政彦